脳梗塞と網膜色素変性症で視点が
網膜色素変性症に限らず、自分自身で罹患している脳梗塞でも、
患者さんのブログとかメーリングリストなどには出来るだけ積極的に
参加するようにしています。
ひとつにはやはり最新情報が欲しいからですし、二番目には結局は
病気のことはその病気の患者さんにしか分からないことが多いからで
す。
昔、友人の一人が原爆の被爆者の息子さんなのですが、結局反戦とか、
核廃絶とか声高にいろんな人が叫んでいても、被爆の痛みや本当の苦
しみは絶対に理解されない、と断言されたことがありました。
ちょっと厳しい物言いですが、要は人のことは本当には中々分かり
にくい、という意味合いであるのかも、と最近になって考えるように
なりました。
それまでは彼の言い分には結構批判的なスタンスであったのですが、
脳梗塞と網膜色素変性症の発症によって、自分自身がこれまで想像も
しなかったハンディキャップパーソンとなって、初めて視点が変わっ
たからです。
ハンデを持つ人にも優しい世の中
とあるメーリングリストで治療法を巡って患者さん同士の論争が持ち
上がっています。
主な論点はその治療法の実効性の捉え方と日本の医療制度への見方、
かと思うのですが、双方に一理ある状態で白黒がつけられるような
問題ではないことだけが浮き彫りになっているような感じです。
いずれもその疾患で苦しむ患者さん同士ですから、悩みの根源は同じ
なわけです。
それでもより効果的な治療法を目指して、まさに藁をも掴む気持ちで
人は感情を高めてしまいます。
無論悪気があっての論争ではありませんから、どちらかだけが正しい
というような問題ではありません。
同じ病気に苦しむ者同士でもこれだけの見解の違いがあれば、健常者
が病気の人を見たときに、どこまでその現状を理解出来るか、は
推して知るべしでしょうね。
とくに網膜色素変性症は確たる治療法が確立されておらず、失明の可
能性があるため、患者さんの悩みは切実です。
また、脳梗塞の麻痺などの後遺症は脳細胞の壊死が原因であるため、
一度壊れてしまった細胞は二度と元には戻りませんので、麻痺が全快
することは基本的にはありません。
それぞれの患者さんが深刻な悩みを抱えながら、毎日の生活を生き
抜いておられます。
願わくば言葉だけの福祉ではなくて、ハンデキャップを持つ人にも
優しい世の中であって欲しい、と願います。




