眼などまるで眼中になかった
2008年3月5日、今から2年前の昨日、私は初めて網膜色素変性症
という特定疾患の病名を告げられました。
私にとって3月5日は、網膜色素変性症の記念日なのです。
当時私は脳梗塞で入院加療中の身でありました。
脳内右部分で発症した脳梗塞は救急車で搬送された病院で、点滴を
中心とした治療が行われていました。
左半身に麻痺の症状が出ており、入院時にはまだ痺れも興奮状態の
せいかさほどに感じなかったものが、入院2~3日で梗塞の腫れは収
まりつつ合ったのとは対照的に、麻痺も痺れも進行するという状況
でした。
移動は車椅子、トイレにも一人で行くことは出来ませんでしたし、
左手の麻痺は愛用していたコンタクトレンズの付け外しにも不便を
感じさせるものでした。
毎日病室に病状を尋ねて下さる神経内科の医師に眼科と歯科の受診
を願い出ました。
歯科はほったらかしだった歯の治療のため、眼科はあらためて眼鏡を
つくってもらうためでした。
入院中の病院での眼科検診で眼科医が私に告げたのが網膜色素変性症
という聞き慣れない病名でした。
簡単な病状の説明を受けたですが、その当時は身体の麻痺がどうなる
のかに気持ちが集中しており、見る分には脳梗塞の発症前とはなんら
変わりない眼のことなど、まるで眼中にはなかったようです。
特定疾患や難病と告知されても全くわが身に起こったこととは思えな
い、人ごとのような気分でいたのだと思います。
眼科医の慧眼に感謝
麻痺の一定の克服とともに、網膜色素変性症屁に理解や恐れも深まっ
ていくのですが、今もって不思議に感じるのは、当時私を診察した
眼科医は何を見て網膜色素変性症を疑い確信したのでしょう?
網膜色素変性症ではないか、と言われたのが3月5日で、その後2週間
内に所定の眼科検査を受診して初めて網膜色素変性症だと正式診断が
下されたのですが、眼鏡を作りにいってお決まりの視力検査と眼の
状態を視診しただけで、良く気付かれたものだと未だに驚いています。
その時の眼科医がいらっしゃればお尋ねするところですが、私の脳梗
塞での退院よりも先にその病院を止めてしまわれました。
眼の検査の時にも暗いところが見えない、ですとか、視野が狭いよう
な気がする、などというような網膜色素変性症に繋がるような申告は
一切していませんでしたので、今でも眼科医の慧眼には感謝しながら
も不思議な気持ちを持ったままなのです。
これまでにも近視と乱視がひどいため小さな頃から数多くの眼科医
には診てもらっていますが、一度も網膜色素変性症などとは言われた
ことがなかっただけに、余計にあのタイミングで知ることになった、
めぐり合わせのようなものの「因縁」を感じてしまうのです。
あの時に脳梗塞を発病しなければ、
眼鏡を新調しようと考えなければ、
今も網膜色素変性症という病名も知らなかったでしょう。




