特定疾患の難病と告げるだけで
NHKドラマの「チャレンジド」は網膜色素変性症で視力を失った教師
が努力して再び教壇に立つという、感動のドラマですが、映画やドラ
マの世界でも、網膜色素変性症は眼が見えなくなる不治の病、として
描かれることが多くなっています。
数多くはありませんが、おおよそ次第に見えなくなって遂には失明、
なんて可哀想な主人公やヒロイン、ということで、劇的なストーリー
を支える枷として、治らない、見えなくなる病気として扱われること
の多い網膜色素変性症ですが、ちょっとした誤解も生んでいるようで
す。
インターネットで検索して調べればすぐに分かることですが、網膜
色素変性症は、発病イコール失明ではありません。
むしろ確率論的には失明してしまうのは少数派で、全盲状態にまで
進行する患者さんの割合は罹患者数の5%程度とのデータもあります。
劇ですから不治の病という設定で、ちっとも症状が進行しないのも、
困るかもしれませんが、特定疾患の難病と告げるだけで、まるで
網膜色素変性症が空気感染でもする伝染病のように勘違いされるのも
かえって心配させて申し訳ないくらいのものですが、正しい知識の
伝播というものの難しさを覚えるところですね。
隣人に優しい社会こそが
適切な手助けというものの認知が今後の超高齢化社会の到来に向けて、
絶対不可欠な知識であることは、社会人だろうが、学生だろうが、
生徒であろうが、年齢を問わずに必要であることを痛感しています。
以前のゆとり教育や戦後の自由主義教育の成果?によって大きく
道徳感は変質したといわれています。
競争することはひたすら美化され、打ち克つことが人生の成功である
とずっと教えられ、また教えてきましたが、人に手を差し伸べること
は、いたって軽視され続けてきました。
ところが思いもしなかった超高齢化社会の扉は気付いてみれば眼前に
まで迫ってきていました。
誰もが互いに助け合わなければ生き残っていけない「老老介護」社会
が現実化しつつあります。
視覚障害者に対してどう助けてあげれば親切なのか、白杖をつく人
には晴眼者は何ができるのか。
こういうちょっとした手助けは小さな頃からの習慣や経験がモノを
いう世界です。
スローガンを唱えていざ実行しようとしても、避難訓練ほどにも役立
たないことは明白でしょう。
隣人に優しい社会こそが21世紀の課題だと思うのです。




