それでも生命の輝きを感じて
去る3月22日に放送されたNHKスペシャル「暗闇の世界」。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病に罹って、自らの力では
全く動けない患者さんの問題と、尊厳死、そして閉じ込め状態などが
鋭くルポルタージュされていました。
寝たきり状態ですが、植物状態ではなく、瞼を開ければモノが見えて、
脳の働きも正常で痛みも感じることが出来、口蓋内の僅かに動く筋肉
の動きを利用して自らの意思を伝えることも出来る点がさらに深刻な、
「生きる」とはどういうことなのか、を見る者に訴えかける内容でし
た。
網膜色素変性症を患う身ながら、失明で暗闇の世界が訪れる可能性は
ありますが、身体の運動機能に就いてはたとえ全盲になろうとも、
行動の自由が奪われることはありません。
ALSの発症で進行した患者さんが介助の手なくしては全く自発的な行
動がとれない様子を拝見して、番組中に登場していた柳田邦男さんが、
それでも生命の輝きを感じて生きている素晴らしさを強く述べておら
れるのには、正直なところ多少違和感を感じました。
生き続けさせることが果たして医学的な勝利であっても、人間的な観
点からもすべて正しいことであるのかは甚だ疑問です。
生きている、はどういう状態?
ドキュメンタリー最後の場面では家族のために生き続けることの意味
を巡って、患者さんは自分の命は自分のものであり、家族のものでは
ない、と告白する壮絶なシーンもありました。
家族の希望ではあるでしょうが、自分ひとりの命ではなく、家族のも
のでもあると、説得された柳田さんの言葉が一瞬空虚に聞こえました。
患者さんは正直に生きたいのが半分、死にたいのが半分と打ち明けら
れたいました。
自発的な行動が取れなくなり、視界すらも奪われた状態を「閉じ込
め状態」と言うのだそうです。
医学の進歩は生物学的な救命処置では驚異的な進歩をみせていますが、
果たして生きてさえいればそれでいいのかどうかは、個人によって
意見は真っ二つに分かれるところだと思います。
生命は救えても機械や点滴なしには生き永らえない状態の患者さん
は増えてきていますが、その場合の人間の尊厳はどう保たれるのでし
ょう?
生きる、とはどういうことなのか?
生きている、とはどういう状態を指しているのか?
尊厳死の問題はそう簡単には判断出来ないかもしれませんが、
少なくとも個人の意思と命は何よりも尊重されるべきだと
感じました。




