「回復」は無理でも「似たような機能」が
一昨日あたりから大変寒い日が続いています。
桜も散って4月も半ばとなりますと、そろそろ半袖で闊歩してる
若い人なども目に付きそうな陽気のはずですが、とんでもない、
厚着に暖房なしでは過ごせない、真冬に逆戻りの日々となっておりま
す。
網膜色素変性症に脳梗塞の僚友と過ごす日々も、発病と罹患の事実を
知ってから丸2年を経過しようとしてます。
幸いなことに網膜色素変性症はこの2年の間にも症状の進行はさほど
進んでおらず、家族の不安をよそに、脳梗塞のリハビリもかねてとい
う口実の元、散歩やクルマの運転で日々外に出て行ける視力は確保し
ております。
脳梗塞の後遺症である麻痺の改善も、まことに微々たる進捗ではあり
ますが、ホンの少しでも回復に向かっているような感覚が、生きる
喜びと充足感を与えてくれています。
実際には壊死した脳細胞は再生されることはありませんので、脳梗
塞で失われた神経機能が「回復」することはあり得ないことなので
すが、人間の身体は良く出来たもので、脳内ではバイパス回路が形成
されたり代替機能を開発する能力が備わっている為、使える部分を
駆使して機能を代行させることもあるようです。
つまり、私の場合左半身の片麻痺という後遺症を抱えておりますが、
動かなくなった神経機能や運動器官を代わりの代替神経が働き始める
ことで「回復」は望めなくても「似たような機能」が目覚めたり、
新たに作り出されることで症状が回復するような効果が期待出来る
ということです。
医療制度崩壊と医療費圧縮の余波
このことは脳梗塞発症時から何度も医師やリハビリテーションの
インストラクターから聞かされたことでして、すぐに結びつけて問い
正したのは、やはり網膜の再生や代替機能のことでした。
答えはここに書くまでもありませんが、網膜には再生機能や網膜の
働きを代行してくれる神経細胞もありません。
故に網膜が損傷したり、機能が失われたりすれば、文字通り一巻の終
わりなのですが、医学やハイテク技術の進歩は目を見張るものがあり
まして、我々の世代にも、あるいは次世代には必ず、網膜の再生や
代替機能の開発は確立されることでしょう。
リハビリテーションの革新も目覚しいものがあるそうで、今では
諸外国では医学を補う補助的な「治療行為」的な側面を遥かに飛び越
えて、リハビリテーション医学ともいうべき、効果を科学的に予測し
たり、計算出来る領域まで進化して来ているそうです。
ここで惜しむらくはわが国だけには限りませんが、近年叫ばれ続けて
いる医療制度崩壊の危惧から惹起されている、医療費圧縮の余波、と
くにリハビリ難民や高齢者療養難民の問題でしょう。
治療や介護、手当てが本当に必要な人に届かない皮肉な事態、回復や
現状維持を目指すよりも、使える残された機能だけを最大限引き伸ば
沿うとする、治療方針やリハビリガイドラインが今後増え続けるであ
ろう入院者や通院者にどう影響していくのか、不安を感じているのは
私だけではないはずです。




