症状への自覚が足りていません
クルマに乗れて嬉しくてしようがなかった頃、先輩に運転に慣れて
来ると段々左右の視界が開けてくる、眼の端でクルマの横方向が
見えるようになる、と教わりましたが一向に視野は広がりません
でした。
恐らくこれはクルマの運転技術の上達や慣れ、落ち着きから次第に
周りにも目が配れるようになってくる、ということの例えだったのか、
と思うのですが、当時はなかなか広がらない視界に、やはり眼の悪い
人間には視野も広がならないのだな、と考えていたようです。
事実は小説より奇なり、と申しますが、今になって考えてみれば、免
許をとる頃には恐らくですが、網膜色素変性症は発症していたはずで
すから、元より狭まっていく視野が運転に慣れようが落ち着こうが、
決して広がりを見せるはずのないことは、いまではとんだ笑い話と
なってしまいました。
と申しましてもその運転に関わる「視野」以外ではこれまで、遅きに
失した網膜色素変性症の知悉に至るまで、毛頭意識したことがなかっ
たのは実情です。
すでに症状が進行して視野3度とか5度で障害者手帳を所持されてい
る患者さんから比べますと、かなり視野角は保った状態でこれまで過
ごしておりますので、夜盲症や視力低下に比較しますと、断然症状へ
の自覚が足りていません。
待てば海路の日和ありの気構えとともに
日常生活に不便がないことには人間はいたって無関心ですから、晴
眼者に比べるとはるかに不便な視野でありながらも、とりあえず
歩いて行動する分には、あるいは近辺まで買物にクルマで出かける
くらいでは支障がないことに甘えているだけなのですが、深く視野に
ついて考えてこなかった要因がここにあるようです。
健常者ならば両眼で視野角は180度あるそうですが、私の場合は、
恐らくは3分の1くらいの60度~70度くらいのものだと思います。
正面を向いてちょうど目の前の机の幅をカバーできるほどの視野だと
思います。
もちろんこの範囲ならすべてクリアに見えているか、問われますと、
加齢による眼球自体の動きの低下や、近視と乱視によるコンディショ
ンの変化、脳梗塞の後遺症の影響による左目の視神経の鈍さなども
考慮しますと、実効視力と申しますか、見えてはいるけれども観察力
や分析力に欠ける視野、のような心もとない見え方かと思います。
今後は網膜色素変性症の症状の進行の鈍化や停止、或いは治療法や
改善法の開発に期待するのみですが、待てば海路の日和あり、の
気構えとともに、出来るだけ眼の運動や眼に良い食物や栄養の摂取を
心がけたいと思います。




